第20番札所 鶴林寺 【四国八十八カ所巡り】徳島県

第20番札所 鶴林寺 【四国八十八カ所巡り】徳島県

第20番札所 霊鷲山 宝珠院 鶴林寺

・ドライブ

立江寺から30分

ルートは2つあり、

↓↓↓南からのルートが道が広い。おすすめ。

北からのルートは道が狭い。↓↓↓

2014年訪問

今回は、北からのルートで行きました。

あとで気づいたのですが、南からのほうが道は広いです。

お寺の直前で、南北のルートは合流し

そこからは、急坂で狭い、くねくねの山道になります。

歩行者に注意。

バスが来たらかなり狭いのでバックする可能性もあります。

 

 

 

三月の徳島、山間部では18℃。

ここから、狭くなります。

道幅は、クルマ一台分です。

 

きつい坂道がつづきます。

路面もところどころ凸凹です。

かなりの急坂ですのでオーバーヒートに注意。

 

ここから徒歩です。

とても静かで空気が澄んでます。

 

お寺の名前の通り

がたくさんいました。

 

 

 

大師がこの山で修行していたとき、

雌雄2羽の白鶴がかわるがわる翼をひろげて

老杉のこずえに舞い降り、

小さな 黄金のお地蔵さんを守護していたという。

 

御参りしている間に

花粉が大量にたまってました。

花粉が鼻に入らないよう、マスク持参をオススメします。

さて、下りは、バスと一緒でした。

バスさん、かなり狭そう。

凸凹していてます。

ここまできたら平地です。

お疲れさまでした。

 

 

 

 

鶴林寺の歴史・由来

標高550メートルの鷲が尾の山頂にあり、遠く紀州や淡路の山峰、遙かに太平洋を眺望できる風光明媚な霊山が境内である。

樹齢千年 を超すような老杉、檜や松の巨木が参道を覆っており、寺門は静謐ながら隆盛の面影をしのばせる。

寺伝によると延暦17年、桓武天皇(在位781?806) の勅願により、弘法大師によって開創された。

 

大師がこの山で修行していたとき、雌雄2羽の白鶴がかわるがわる翼をひろげて老杉のこずえに舞い降り、小さな 黄金のお地蔵さんを守護していた。

この情景を見て歓喜した大師は、近くにあった霊木で高さ90センチほどの地蔵菩薩像を彫造、その胎内に5.5センチぐら いの黄金の地蔵さんを納めて本尊とし、寺名を鶴林寺にしたといわれる。

 

また、境内の山容がインドで釈尊が説法をしたと伝えられる霊鷲山に似ていることから、山号は「霊鷲山」と定められた。以来、次の平 城天皇、嵯峨天皇、淳和天皇と歴代天皇の帰依が篤く、また源頼朝や義経、三好長治、蜂須賀家政などの武将にも深く信仰されて、七堂伽藍の修築や寺領の寄進 をうけるなど寺運は大きく栄えた。阿波一帯の寺が兵火に遭遇した「天正(1573?92)の兵火」にも、山頂の難所にあるためか難を免れている。「お鶴」 「お鶴さん」などと親しまれ、山鳥が舞う大自然そのままの寺である。

鶴林寺の見どころ

波切り地蔵・地蔵菩薩立像

本尊で、国の重要文化財。暴風雨で難破しそうになった船を導いてくれた伝説がある。

鶴林

釈迦が入滅の際に、沙羅双樹の葉が鶴の羽のように白くなった伝えから、
釈迦の涅槃をも意味する。

丁石

室町時代の年号を刻んだ丁石が、麓から遍路道沿いに11基残っている 。
1丁は約109メートル。徳島県最古。

鶴林寺へのアクセス

  • JR徳島駅前から国道55号線を南へ。江田町交差点を右折して県道16号線を勝浦川沿いに走ります。大イチョウの木が見えたら、標識に従って左折します。

第20番札所 霊鷲山 宝珠院 鶴林寺 りゅうじゅざん ほうじゅいん かくりんじ


▲境内案内図
宗 派: 高野山真言宗
本 尊: 地蔵菩薩(伝弘法大師作)
開 基: 弘法大師
創 建: 延暦17年(798)
真 言: おん かかかび さんまえい そわか
住 所: 〒771-4303
徳島県勝浦郡勝浦町生名鷲ヶ尾14
電 話: 0885-42-3020
駐車場: あり・志納金制
宿 坊: なし
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