【四国八十八ヶ所】42番 仏木寺

【四国八十八ヶ所】42番 仏木寺
仏木寺 佛木寺(ぶつもくじ)は、愛媛県宇和島市にある寺院。一か山[1]、毘盧舎那院(びるしゃないん)と号す。宗派は真言宗御室派 。本尊は大日如来。四国八十八箇所霊場の第四十二番札所。
本尊真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん
ご詠歌:草も木も仏になれる仏木寺 なお頼もしき鬼畜人天(きちくにんてん)
所在地 愛媛県宇和島市三間町則1683
位置 北緯33度18分38.1秒
東経132度34分53.3秒座標: 北緯33度18分38.1秒 東経132度34分53.3秒
山号 一か山[1]
宗派 真言宗御室派
本尊 大日如来
創建年 (伝)大同2年(807年)
開基 (伝)空海(弘法大師)
正式名 一か山 毘盧舎那院 仏木寺
沿革
大同2年(807年)空海(弘法大師)がこの地で牛を牽く老人に勧められて牛の背に乗って進むと、唐を離れる際に有縁の地を求めて東に向かって投げた宝珠が楠の大樹にかかっているのを見つけた。そこで、この地が霊地であると悟り楠木で大日如来を刻んで、その眉間に宝珠を埋め、堂宇を建立して開創したという。牛の背に乗ってこの地に至ったというところから家畜守護の寺とされている。
鎌倉時代は宇和島領主西園寺氏の菩提寺として栄えた。弘法大師像は正和4年(1315年)10月5日開眼」の胎内銘が入り、銘入りの大師像として日本最古のものといわれている。本堂は享保13年(1728年)に、吉田藩主伊達村賢が建てたものである。
毎年、4月19日は当寺の縁日で、本尊の大師像が開帳される。なお、不動堂は元の大師堂で現大師堂の場所から移動され、前立の大師像は現大師堂が昭和時代になって建てられたときに共に造られた。
境内
大師堂は前堂と後堂がある。
    山門(仁王門) – 入母屋造楼門、以前の門は1919年に建立されたが、老朽化したため2010年5月から建て替え、2011年5月28日に落慶した[2]。
    本堂 – 正月三が日、本尊がライトアップされる。
    大師堂 – 前堂には白塗り着色の大師像が、後堂には県有形文化財の木肌の大師像が安置される。
    鐘楼堂 – 元禄年間に建てられた茅葺の建物。2014年に茅の葺き替えを行った。
    不動堂 – 護摩焚が行われている。
    聖徳太子堂
    鎮守・明神宮(祠)- 本堂の背後にあり。天照大神・神武天皇・菅原道真を祀る。
    家畜堂(祠)- 本堂の右にあり、牛馬や家畜の守り仏として信仰を集めている。
    残木堂(祠)- 大師堂の左にあり。本尊が造られた残り木を祀る。
    慰霊堂(祠)- 大師堂の背後にあり。当地に葬られていた約600年前の平家の落人を祀っている。
    境内の石仏 - 観世音菩薩像・六地蔵像・大日如来像・七福神像・修行大師像など
    西国三十三観音霊場の写し石仏 – 明神宮の背後から始まり右の山に上がって行く。昭和59年12月開山。
仏木寺三十三観音霊場
県道より石段を上って山門をくぐると参道は左に入るが、直進すると茅葺の鐘楼堂、庫裏がある。参道右手に手水場があり、段を上がると左に納経所があり、右に不動堂、その先に聖徳太子堂がある。参道を進むと左手には観音菩薩像を越え正面に本堂が左に大師堂が建つ、本堂の右に家畜堂、本堂右後ろに鎮守堂がある。
    宿坊:なし
    駐車場:30台、大型5台。無料。
文化財
愛媛県指定有形文化財
    木造大日如来坐像
    当寺の本尊。建治元年(1275年)作。宝冠を頂き智拳印を結ぶ金剛界大日如来で、像高120.2cm、膝張り92cm、カヤ材、背面に大ぶりの円形光背がある。地方作風の顕著なものである。昭和40年4月2日指定
    木造弘法大師坐像
    像内の墨書から正和4年(1315年)の作と判明する。像高87.5cm、ヒノキ材の寄木造り、内刳りを施し胎内仏が3躰ある。像容は面奥も深く鎌倉彫刻らしく意欲的ではあるが地方色の顕著なものである。昭和54年9月14日指定
宇和島市指定有形文化財
    佛木寺文書(1962年11月3日指定)[3]
交通アクセス
鉄道
    四国旅客鉄道(JR四国) 予土線 – 務田駅 (3.5km)
バス
    宇和島バス 「仏木寺」下車 (0.1km)
道路
    一般道:県道32号線 仏木寺 (0.1km)
前後の札所
四国八十八箇所
    41 龍光寺 — (2.6km)– 42 佛木寺 — (10.6km)– 43 明石寺

モフPの実体験からの記録です

 

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