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日本の旅・日記

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天にぎし国にぎし、アマツヒコ、日子、穂のににぎ

 

天孫降臨

スサノオの息子の大国主が少彦名と共に中津国(日本)を構築した。

その後、天照大神は

天鳥船神(あめのとりふねのかみ)(1)

建雷命(タケミカヅチ)(2)

を中津国に派遣し、大国主に国譲りを交渉する。

大国主は国を譲り杵築(島根県)に隠居した。

その後、ニニギが、 三重県にまず降り、次に高千穂に(日向)に向かった。これを天孫降臨と呼ぶ。(3)

ニニギは、鏡、勾玉、剣を携えて降臨した。

中津国への道案内は、猿田毘古神が先導した。

ニニギは玉祖命(たまのおやのみこと)、天児屋命(あめのこやね)、天太玉命(あめのふとだまのみこと)、天宇受売命(あめのうずめ)、伊斯許理度売命(いしこりどめ)と共に降臨した。五伴緒と呼ぶ。(5)

【用語】

(1)

天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、鳥のように空を飛ぶ神または天船に乗ってきた神。稲背脛(いなせはぎ)、天船とも呼ばれる。

(2)

建雷命(タケミカヅチ)、雷と剣の神。

(3)

ニニギ(アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギ)

「アメニギシクニニギシ」(天にぎし国にぎし)は「天にも地にも親和的である」の意[2]。
「アマツヒコ」(天津日高)は神をたたえる美称であり、高天原と関わる神であることを示す[2]。
「ヒコ」(日子)は日神である天照大御神の嫡流の男子であることを示す[2]。
「ニニギ」は稲穂がにぎにぎしく成熟することの意[1]。
「ニニギ」は「ニギニギしい」の意で[1]、「にぎやか」と同語源である[2]。

農業の神として信仰されており、

高千穂神社(宮崎県西臼杵郡高千穂町)[1]、

霧島岑神社(宮崎県小林市)、

霧島神宮(鹿児島県霧島市)[1]

新田神社(鹿児島県薩摩川内市)[1]、

築土神社(東京都千代田区)、

射水神社(富山県高岡市)、

神内神社(三重県南牟婁郡紀宝町)、

常陸國總社宮(茨城県石岡市)、

国見神社(奈良県御所市)などに祀られている。

三重県鈴鹿市の椿大神社の境内にニニギノミコトが天孫降臨の際に使用した御船が降り立ったという伝承地(御船磐座)が存在する[3]。同神社の伝承によるとニニギノミコト一行は猿田彦命の導きによりまずこの椿大神社の鎮座する事になる地に天降った後に日向の地へと向かったとの事である。

 

明治29年、宮崎県東臼杵郡北川町の可愛岳(えのだけ)山麓の古墳を「可愛山陵伝承地」、宮崎県西都市西都原古墳群にある男狭穂塚を「可愛山陵参考地」と定めた。男狭穂塚は九州最大の古墳である。

戸部民夫 『八百万の神々 日本の神霊たちのプロフィール』 新紀元社、25,92,94,286頁。
薗田稔、茂木栄 『日本の神々の事典 神道祭祀と八百万の神々』 学研、110,111頁。

 

 

1.
戸部民夫 『八百万の神々 日本の神霊たちのプロフィール』 新紀元社、25,92,94,286頁。
2
薗田稔、茂木栄 『日本の神々の事典 神道祭祀と八百万の神々』 学研、110,111頁。

wikiより

(天にぎし国にぎし)は「天にも地にも親和的である」の意

きづき【杵築】
出雲国(島根県)の地名。出雲大社の門前町。地名由来は《出雲国風土記》の神門(かんど)郡杵築郷の条に記してある所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)の宮処を築いたことによる。大社所在地が杵築宮内村であり,出雲国造(こくぞう)家をはじめとする社家屋敷が密集していた。古代からの大社神領で,中世には杵築浦など十二郷七浦がその範囲とされ,江戸期も国造家代官が支配するところであった。独特の神事や民俗行事が保存されているほか,国造家の庇護を受けて国学,和歌,文芸,芸能も盛んで,江戸期には〈杵築文学〉の名があった。

https://kotobank.jp/word/%E6%9D%B5%E7%AF%89-474662

(4)

「草薙剣」

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)

 

『日本書紀』には、690年(持統天皇4年)の持統天皇即位を初めとして、忌部氏が「神璽剣鏡」を奉ったとある。

神璽は勾玉のこと。

(5)

玉祖命(たまのおやのみこと)

玉造部(たまつくりべ)の祖神。豊玉神、天明玉命(あめのあかるたまのみこと)とも。

岩戸隠れの際に八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)を作った。

名前は玉造部の祖神の意味であり、勾玉を作る者の意味でもある。

 

天児屋命(あめのこやね)、

神社の祭神としては天児屋根命とも表記される。春日権現(かすがごんげん)、春日大明神とも呼ぶ。

岩戸隠れの際、岩戸の前で祝詞を唱え、天照大神が岩戸を少し開いたときに太玉命とともに鏡を差し出した。

中臣連の祖神であることから、中臣鎌足を祖とする藤原氏の氏神として信仰された。祝詞の神、出世の神ともされる。 中臣神社(京都市山科区)、枚岡神社(大阪府東大阪市)、春日大社(奈良県奈良市)、吉田神社(京都市左京区)などに祀られている。また、全国の大鳥神社に祀られる「大鳥連祖神(おおとりのむらじのおやがみ)」は天児屋命と同神とされることがある。

天太玉命(あめのふとだまのみこと)

『日本書紀』では太玉命、「古事記」では布刀玉命(ふとだま)

岩戸隠れの際、思兼神が考えた天照大神を岩戸から出すための策で良いかどうかを占うため、天児屋命とともに太占(ふとまに)を行った。 そして、八尺瓊勾玉や八咫鏡などを下げた天の香山の五百箇真賢木(いおつまさかき)を捧げ持ち、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせると、アメノコヤネとともにその前に鏡を差し出した。

天孫降臨の際には、瓊瓊杵尊に従って天降るよう命じられ、五伴緒の一人として随伴した。

『日本書紀』の一書では、アマテラスを祀る神殿(伊勢神宮)の守護神になるよう命じられたとも書かれている。

忌部氏の祖。

占いの神、神事の神として信仰されており、

天太玉命神社(奈良県橿原市)、

大麻比古神社(徳島県鳴門市)、

安房神社(千葉県館山市)、

大原神社(千葉県君津市)、

洲崎大神(神奈川県横浜市)、

金札宮(京都府京都市)などで祀られている。

 

天宇受売命(あめのうずめ)

芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。

一説に別名「宮比神」(ミヤビノカミ)[1]。大宮売神(オオミヤノメノカミ)

岩戸隠れで天照大神が天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河に集まって会議をした。思兼神の発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。

アメノウズメは力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせた。その「笑ひえらぐ」様を不審に思い、戸を少し開けた天照大神に「あなたより尊い神が生まれた」とウズメは言って、天手力雄神に引き出して貰って、再び世界に光が戻った。

天孫降臨の際、アメノウズメはサルタヒコの名を明かしたことから、猿女君の祖神となった。

猿女君・稗田氏の祖とされ、稗田氏の氏神である賣太神社では、芸能の始祖神、福の神、おたふく、おかめ、等と称すると伝わる。芸能・技芸全般の神として信仰されており、千代神社(滋賀県彦根市)、芸能神社(京都市右京区)、椿大神社(三重県鈴鹿市)、鈿女神社(長野県北安曇郡松川村)などで祀られている。

 

 

伊斯許理度売命(いしこりどめ)

作鏡連(かがみづくりのむらじ)らの祖神、天拔戸または天糠戸の子とされている。

岩戸隠れの際に八咫鏡を作った。ちなみに日前神宮・國懸神宮(和歌山市)には八咫鏡に先立って鋳造された鏡である日像鏡・日矛鏡(ひがたのかがみ・ひぼこのかがみ)がある。日像鏡は日前神宮の神体、日矛鏡は國懸神宮の神体となっている。

名前は、石(イシ)の鋳型を用いて鏡を鋳造することに精通した(コリ)特別の女性(トメまたはトベ)の意味である。

鋳物の神・金属加工の神として信仰されている。鞴神社(大阪市天王寺区)、中山神社(岡山県津山市)、鏡作坐天照御魂神社(奈良県磯城郡)、岩山神社(岡山県新見市)などに祀られる。

 

 

 

 

忌部氏(いんべうじ)、斎部氏(いんべうじ)

「忌部」または「斎部」を氏の名とする氏族。

天太玉命を祖とする神別(天神)の古代氏族で、「忌部首(いんべのおびと)」、「忌部連(いんべのむらじ)」、「忌部宿禰(いんべのすくね)」のち「斎部宿禰」姓を称した。

古代朝廷における祭祀を担った氏族である。

氏族名の「忌(いむ)」が「ケガレを忌む」すなわち「斎戒」を意味するように、古代朝廷の祭祀を始めとして祭具作製・宮殿造営を担った氏族である。

古代日本には各地に部民としての「忌部」が設けられていた。

玉を納める出雲、木を納める紀伊、木綿・麻を納める阿波、盾を納める讃岐などがあった。

それらの品部の部民も忌部氏を名乗ったことが文献に見られている。

朝廷の品部としての「忌部」は、出雲・紀伊・阿波・讃岐が代表的なものとして明らかとなっている[2][1]。

『古語拾遺』では、天太玉命に従った5柱の神を「忌部五部神」として、各忌部の祖としている。

忌部五部神(櫛明玉命、天日鷲命、彦狭知命、手置帆負命、天目一箇命)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・


出雲忌部

地域:出雲国 - 現在の島根県松江市東忌部町・西忌部町周辺。
祖神:櫛明玉命 - 忌部五部神。
職掌:玉の貢納
関係地
忌部神社(島根県松江市)

鳴神社(和歌山県和歌山市)

紀伊忌部

地域:紀伊国名草郡御木郷・麁香郷

『古語拾遺』では「御木」は木を採る忌部、「麁香」[注 2]は殿を造る忌部がいたことによるとする。『和名類聚抄』では、紀伊国名草郡に忌部郷と神戸郷(忌部神戸か)が見え、和歌山県和歌山市鳴神の鳴神社付近に比定される[4]。

祖神:彦狭知命 - 忌部五部神。
職掌:材木の貢納、宮殿・社殿造営
関係地
鳴神社(和歌山県和歌山市) - 式内社(名神大)。

忌部神社(徳島県徳島市)

阿波忌部

地域:阿波国麻植郡忌部郷

『古語拾遺』では郡名「麻植」は阿波忌部が麻を植えたことによるとする。また後述のように『古語拾遺』には東遷説話が記されている。

祖神:天日鷲命 - 忌部五部神。
職掌:木綿・麻布の貢納
関係地
大麻比古神社(徳島県鳴門市) - 式内社(名神大)。
忌部神社 - 名神大社。論社に忌部神社(徳島県吉野川市)、後継社に忌部神社(徳島県徳島市)。

讃岐忌部

地域:讃岐国
祖神:手置帆負命 - 忌部五部神。
職掌:盾の貢納
関係地
粟井神社(香川県観音寺市) - 式内社(名神大)。
讃岐神社(奈良県北葛城郡広陵町) - 式内社。

また『古語拾遺』には筑紫・伊勢に天目一箇命(あめのまひとつのみこと:忌部五部神)を祖とする忌部があったと記し、この神に刀・斧・鉄鐸・鏡などを作らせたという記述がある。このことから、鍛冶として刀・斧を貢納した忌部がいたものと推測されている[2]。そのほか、備前・越前にも忌部が分布したと見られている[1]。

これら忌部のうち、紀伊忌部は直接中央の忌部氏に隷属していたが、他の忌部は国造の管轄下にあり、国造を介して中央への上納を行なっていた[2]。
その他
四国の阿波、房総の安房に限らず、伊部(いんべ)・井辺(いんべ)・員弁(いなべ)など三重県や奈良県には忌部氏に関係すると見られる地名が残る。

参考リンク

千三百年の間、藤原氏に消されてきた伯耆国(鳥取県中西部)の真実の歴史が今よみがえる

 

 

 

参考文献

古語拾遺 

 

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