ニュルブルクリンク・7分59秒41が意味するもの

出典: スバルのホームページより
 2004年10月、300台限定で発売したインプレッサWRX STi spec C TYPE RAは、インプレッサ・シリーズの最もコンペティティブなモデルである17インチホイール仕様のspec Cをベースに、フロントアンダースカート、リヤスポイラー、アルミホイールなどのSTIスポーツパーツを装備した車両である。

「TYPE RA」とは、Record Attempt(記録挑戦)を意味している。2004年春に、このクルマに近い仕様のspec Cプロトタイプが、ドイツのニュルブルクリンクサーキットに挑み、7分59秒41のラップタイムを記録した。TYPE RAは、このニュルでの開発フィロソフィにちなんだネーミングなのだ。

1980年代後半にニュルのオールドコースを初めて訪れて以来ニュルの「魔力」に魅せられ、毎年のようにタイムアタックや車両評価、そして伝説のニュルブルクリンク24時間レースに出場するため、この地に足を運び続けているモータージャーナリスト&レーシングドライバーの清水和夫氏が、ニュルとインプレッサの関係、そしてTYPE RAについて語ってくれた。

「ヨーロッパの高速道路、例えばドイツのアウトバーンの速度制限がない場所では、200km/hの巡航速度というのは、いわば日常速度なんです。フランスのオートルートでは130〜150km/h、イタリアのアウトストラーダでも制限速度は130km/hです。フランスのニースからマルセイユに至る屈曲路の多いオートルートでは、普通のコンパクトカーが、当たり前に130km/h以上で走っています。箱根の芦ノ湖スカイラインを1500ccのクルマが 130km/hで日常的に往来しているという感じです。特別にグリップの良い、幅の太いタイヤを履いているわけではありません。普通のおじさんやおばさんが、日常的に走っているんです。

だから、ヨーロッパのクルマ社会で、その一員として生きていくためには、高い高速安定性能は不可欠なのです。そのために、ヨーロッパのクルマメーカーは、ニュルで毎日のように色々な車種のテストを行っています。ミニバンやラグジュアリーセダン、SUVもコンパクトカーも走っています。彼らは別にタイムトライアルをしているわけではありません。ヨーロッパの道で、ちゃんと走れるかをチェックしているのです。

160ものコーナーがある20.832kmのニュルブルクリンク・オールドコースは高低差300mものアップダウンがあり、先の見えない高速コーナーも数多く存在します。ヨーロッパだけでなく世界の道のあらゆる条件がニュルにあるのです。

ですから、インプレッサが1993年以来ずっとここでテストし続けているのは、ヨーロッパで使われるクルマの、普通のテストに過ぎないと言えるでしょう。

エンジニア達の挑戦目標として、今年のspec Cで8分を切りたい、というのはもちろん意味があります。ただし、多少腕に自信があったとしても、このクルマを持ち込めば誰にでも記録を狙える、ということではないのです。

 

コース前半を占める高速ダウンヒルでタイヤの発熱を抑えながらタイムを削り取り、 後半のアップヒルのコーナーで前輪がキチンとグリップしないとベストラップを出すことは難しいなど、特別なコツが必要なんです。そうでないと簡単に8分を切ることはできません。

しかし、タイムが下がったとしても、このクルマでどれだけ安心して走れるかがつかめれば、それでいいのです。タイムの裏側にあるものは、いかに安心して走れる基本性能を持たせることができたか、ということなのです。

SUBARUはレーシングカーを作っているわけではなく、spec Cはコンペティション寄りとは言うものの、あくまでもロードカーなのです。MAX8分以内で走れるクルマを15秒落ちで走らせることができれば、それは余裕になるわけです。または、その余力を安心感の向上などタイム以外の要素に振り分けることもできます。ニュルのラップタイムを更新すること自体が目的ではないのです。

 

 

スポーツカーに要求される性能は、いうまでもなくダイナミクス性能です。高い加減速性能やコーナリング性能です。でも実は、対極にも見えるライド・コンフォート(快適性)は、それと二律背反するものではないのです。クルマの電子制御技術は日夜進歩していますし、この二つを追求していくと、ある時点から同じ方向に向かっていくことになります。快適性というと、NVH※ を消すことと勘違いしてしまいがちですが、公道を気持ちよく走ること=ライド・コンフォート性というのは、よく走ること=ダイナミクス性と同義語であると言えます。そこで大事なのが、クルマと人の対話なのです。

インプレッサのようなアジリティ(敏捷性)を売りにしているクルマでも、真っ暗闇を、ましてや雨が降っているときに、ブラインドの高速コーナーに飛び込んでいくのはリスキーです。そんな時にはドライバーの視界は狭錯しているので、見えないアペックスに向かうには第2の目が必要となります。それは、ステアリングやペダル類から伝わるインフォメーションです。ブレーキやアクセルを踏んだ時、あるいはステアリングを切った時、クルマがどう動くかがつかめる安心感と言い換えることができます。クルマに乗り込んでストレートを全開にし、最初に15°だけステアリングを切った時に手ごたえを感じるかどうか。それが対話の始まりです。

気合と根性でタイムアタックし、息を止めてブラインドコーナーに飛び込んでいく、なんていうのはナンセンスです。

インプレッサは、このクルマと人とのコミュニケーションを明確にするためにニュルを走り続けている、と考えるべきです。

SUBARUでは、インプレッサが先兵となって10年以上前からニュルにチャレンジし続けていますが、SUBARUの開発者たちはまだ見ぬずっと先のゴールを見続けているわけです。

GD型の2代目インプレッサのspec Cが発売されてから4年目となるわけですが、この間にもこのクルマは目覚しい進歩を遂げています。例えば車体剛性の向上が挙げられます。ニュルの全開走行で車体を捩り続けると、高いGがかかるコーナーではピラーにまでストレスがかかり、僅かにサイドウィンドウ上端に隙間ができ、風切り音が出たりします。初期型では、時にヒューと音を立てていたものですが、今年のモデルではほとんど風切り音は聞かれませんでした。もちろんボディ剛性は、ハンドリングに大きく影響を及ぼしますので、とても重要です。だからと言ってやたらと頑丈にねじれないクルマを作ればよいというものではないのです。どこかの剛性を上げれば、別の部位にストレスがかかってきますので、タイヤ性能に対する最適なバランスポイントを見つけなければならないのです。今年のモデルは、地味ながらシャシーの多くの部分に見直しを入れ、剛性バランスを取っています。これもニュルで鍛えているからわかることであって、ここで何百ラップも走りこんでいる実験ドライバーなら、こういうことが敏感に感じ取れるようになってきます。

だから今年のspec Cは、相応に速く走れるクルマに仕上がったのです。ポルシェの3.8リットル新型モデルと比較しても、前半の10kmはほぼ互角に走れます。エンツォ・フェラーリにだってついていけるでしょう。

後半の登りセクションは、やはりパワーのあるクルマに分がありますが、同クラスの2リットル・ターボ車ならインプレッサの安定感はトップクラスです。

しかし、再度言いますが、インプレッサは日常使うロードカーです。Spec Cはパフォーマンスモデルなので、NVH※に関しては多少犠牲にしていると言わざるを得ないでしょう。だから、大人が一般道を気持ちよく走ろうとしたら、集中ドアロック、フルオートエアコン、全席パワーウィンドウなどの便利装備は親切です。ウィークデイはストラットの減衰特性をソフトに設定しておき、ウィークエンドのスポーツドライビングを楽しみにするための減衰力調整機能も便利です。フロントサイドバンパースポイラーやアンダースカート、リヤスポイラーはRecord Attemptの雰囲気を演出していますよね。TYPE RAはそんなクルマです。

日常の移動中は頭の3割ぐらいでドライビングしているものです。残りの7割は仕事や家庭や友人、その他の趣味のこと考えているでしょう。それでいて走りに集中しようと思えば、瞬時に10割集中に切り替えることができる。そんなドライビングスタイルに応えてくれるクルマではないでしょうか。

spec Cはしびれる速さをもったスポーツモデルです。しかし、自動車とは何か、をよく考えて作られたクルマでもあります。クルマと人間のコミュニケーションがきちんと取れる基本性能を、感じ取って欲しいと思います。ステアリング、サスペンション、タイヤやブレーキフィーリングなどを通じて、多くのことを語りかけてくれるクルマです。」

※NVH=(ノイズ、バイブレーション、ハーシュネス

 

 

 

ニュルブルクリンクでの全開走行のビデオこちら

スバルのホームページより全文引用・出典はこちら
update:2004.12