【UFO】「ロズウェル事件」から派生したという政府の極秘計画「プロジェクト・セルポ」とは
以下より抜粋
「ロズウェル事件」から派生したという政府の極秘計画「プロジェクト・セルポ」だ。
その発端は1947年にニューメキシコ州で“空飛ぶ円盤”が墜落したことから始める「ロズウェル事件」である。残骸の中から4体の死んだエイリアンと1体の生きたエイリアンが発見され、「地球外生物学的存在」の略称である「イーブ(EBE、Extraterrestrial Biological Entity)」と定義され、生きたエイリアンはイーブ1号と名づけられた。
イーブ1号は友好的で落ち着きのある知的な存在で、短時間で英語を習得して人間とのコミュニケーションを図った。身の安全と引き換えに人間側(アメリカ政府)にエイリアンの先進技術を提供するとともに、墜落したUFOの通信機器を使って母星との通信を回復しようと努めた。イーブたちの故郷の惑星はレチクル座ゼータ星系にある「セルポ」と呼ばれる星で、地球からは約39光年離れているという。
残念ながらこのイーブ1号は事故の後遺症もあり、母星との通信が回復しないまま1952年に亡くなったという。
イーブ1号の仕事を米軍が引き継ぎ、これが首尾よく進みセルポとの通信が成功。最終的に米軍はセルポの「エベンス(Ebens)」と呼ばれるエイリアンと接触した。ケネディ大統領自身が陣頭指揮を執り、人的交流プログラムを実施するためにこのエベンスを地球に招待したという。このセルポとの人的交流プログラムが「プロジェクト・セルポ」である。
計画の目的は米軍側の厳選された12名が、セルポの宇宙船に乗って惑星セルポに連れて行かれ、彼らの社会に住み、彼らの文明を学び、新しい知識と技術を習得することにあった。
1965年、エイリアンは約束どおりに巨大な宇宙船でネバダ州の極秘施設へやって来た。そこで米軍側の12名(男性10人、女性2人)を乗せて彼らの惑星へと旅立った。
セルポへの旅は高度な「反重力技術」を用いて光速の40倍の速度で飛行し10カ月を要したという。その間、チームメンバーの2人は過酷な旅の道中で亡くなったという。地球人の人体にとって反重力技術での飛行や宇宙放射線はなかなか耐え難いものであったのだろう。
ようやくセルポに到着した彼らはセルポの生命体やエイリアンの技術をリバースエンジニアリングで再現する方法を学び、この宇宙のすべての歴史を収録しホログラフィックで再現する「イエローブック」と呼ばれる機器を譲渡されたという。こうして彼らは10年以上、セルポで“留学生”として暮らしたのである。
一定の成果を得た後、彼らのうちの8人はセルポの宇宙船で1978年に地球に帰還した。2人はセルポに残ることを選んだという。そして8人は学んだセルポの先進技術を米軍に供与したのである。一説ではこの時にもたらされた技術によって「TR-3B」などの米軍の極秘の航空機が製作させたともいわれている。
2005年、「匿名希望(request anonymous)」と名乗る謎の情報提供者(後に空軍特別捜査局のリチャード・C・ドーティ氏であるとされる)が、プロジェクト・セルポに関する情報を入手したと主張した。国防情報局の元メンバーおよび現在のメンバーから手に入れたのは、セルポに行ったチームの8人の帰国メンバーの3000ページに及ぶ詳細な報告書であるという。
この話はインターネット上ですぐさま話題になり、やがてほかの内部告発者も登場して独自の展開を見せることになる。その間、UFO研究者であり空中現象調査委員会(NICAP)とMUFONの元メンバーであるレン・カステン氏は、セルポ遠征隊の指揮官が保管していたとされる日記を含むさまざまな情報を文書にまとめあげた。この文書は“留学生”がセルポで何をしたかについてきわめて詳細に説明しており、アメリカ政府が今日までエベンスとの交流を続けていることを報告している。そしてこの文書をもとに陰謀論者のビル・ライアン氏によってプロジェクト・セルポ専用のウェブサイトが開設され、その内容を誰でも閲覧できるようになったのだ。
UFOコミュニティは、プロジェクト・セルポのストーリーと、“公式文書”である内部告発に飛びつき、多くのUFO研究者が夢中になった。物語はUFO関連や超常現象のサイトで拡散し、さまざまな超常現象のラジオ番組や雑誌の記事で取り上げられるようになったものの、同時に話の全体に亀裂が入りはじめたのだった。
プロジェクト・セルポのストーリー全体の中には問題視される点が数多くある。まずは事件の主な情報提供者の1人であるリチャード・ドーティ軍曹は、別のUFO関連事件に関する情報の拡散に関与しており、UFOコミュニティでは信用できない人物と見なされている事情もあった。
またほかのさまざまなインサイダー情報は裏付けがあるものかどうかを知る術もなく、検証不可能であることがほぼ証明されている。これらの内部告発者の多くがプロジェクトに関して矛盾した情報を提供し、そのつじつまを合わせるために話の細部が時間の経過とともにさまざまな部分で上書きされていったのだ。
こうしたことに加えて、この“公式文書”に示されている多くの矛盾、数値のエラー、および科学、天文学、物理学の理解の明らかな欠如があった。たとえば、宇宙船はどのようにして光速の40倍の速度で移動したのか。それが可能であったとしても、わずか10カ月での40光年の旅はどのような様相を呈していたのか。さらにロズウェルからセルポへの高速通信はどのように行われていたのか。普通に考えればメッセージは送信してから返信を受け取るまでに80年かかるはずなのだ。レポートはこのような疑問には一切答えていない。
確かにプロジェクト・セルポは、UFO研究者によってさえも大いに疑問視されてきた経緯がある。しかし今もなお自称関係者の多くはそれがすべて本物であると主張し続けていることも事実だ。はたしてプロジェクト・セルポは手の込んだ捏造なのか、それとも想像を絶した本当の出来事なのか。いずれにせよこのプロジェクト・セルポはUFO事件史上に残されている興味深く魅惑的なストーリーの1つであることは間違いない。
参考:「Mysterious Universe」、ほか



















