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本州、最南端、潮岬灯台、潮岬神社、潮岬、2014春

 

徳島から、伊勢神宮にお参り

そこから、伊勢志摩スカイラインを走り

志摩にでて南下

紀伊半島の海岸線を楽しみつつ

最南端、潮岬を目指します

 

潮岬は、いちだんと南に飛び出した

半島になっていました。

 

右側の島を観光したあと

いよいよ

潮岬に行きます。

ホームページこちら

紀伊半島の東側から、海岸線をずうっと走ってきて、串本を越えて、とうとう南の端の

潮岬に到着しました。

ずいぶんと立派な観光施設があります。

潮岬観光タワー 

平日の朝だったのでクルマは一台もおらず。。

それにしても、せっかく行ったのにタワーに登ればよかった。次回はぜひっっ。

そこを通り過ぎてすぐ向こうに

 

見えてましたっっ

潮岬灯台っっキタ━━(゜∀゜)━━!!!

 

 

道路際に展望広場がありますね。ちょっと寄り道します。

ここから灯台と黒潮の太平洋が見えます。

本州、最南端。。潮岬。キタ━━(゜∀゜)━━!!!

日本の東西南北16端を制覇するシリーズも大詰めです。こちら。

 

けっこうな風が吹いてます。

岬はいつもそうです。

この広々した感じは現場に行かないと伝わらないですけどパノラマでどうぞ。

 

春のタンポポが風にふかれながらもしっかり咲いてましたよ。

 

 

 

 

 

そこから少し走ると灯台の駐車場があり、そこから徒歩3分です。

 

キタ━━(゜∀゜)━━!!!

潮岬灯台

潮岬灯台

しおのみさきとうだい

潮岬灯台は、紀伊半島南端の和歌山県東牟婁郡串本町にある太平洋に突き出た潮岬に建つ白亜の灯台である。

この灯台は明治初期の江戸条約によって建設された8基の洋式灯台の一つで、

歴史的・文化的価値が高いAランクの保存灯台に指定されているほか、

「日本の灯台50選」にも選ばれている。

 

参観灯台として資料展示室を併設し常時公開されており、本州最南端に位置する灯台から望む太平洋の風景は地球の丸みを感じることができる壮大なものである。

周辺一帯は南紀の景勝地で、吉野熊野国立公園に指定されている。

航路標識番号 2902 [F5994]
位置 北緯33度26分15秒 東経135度45分16秒座標: 北緯33度26分15秒 東経135度45分16秒
所在地 和歌山県東牟婁郡串本町潮岬2877
塗色・構造 白色・塔形石造
レンズ LB-H120型灯器
灯質 単閃白光 毎15秒に1閃光
実効光度 970,000 cd
光達距離 19海里(約35km)
明弧 278度から130度まで
塔高 22.51 m (地上 - 塔頂)
灯火標高 49.47 m (平均海面 - 灯火)
初点灯 1873年9月15日
管轄 海上保安庁第五管区海上保安本部

wikiより

 

 

 

幕末の1866年(慶応2年)5月、アメリカ、イギリス、フランス、オランダの4ヶ国と結んだ「改税条約」(別名「江戸条約」)によって建設することを約束した8ヶ所の灯台(観音埼、野島埼、樫野埼、神子元島、剱埼、伊王島、佐多岬、潮岬)の一つで、日本の「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンが設計・指導して1869年(明治2年)年4月に樫野埼灯台と共に着工した。

翌1870年(明治3年)6月10日に完成、仮点灯で業務を開始したが、当初の灯台は、八角形の木造で、我か国最初の洋式木造灯台だった。本当は建物の完成と共に本点灯する予定だったが、イギリスから灯台機械を運搬してきていた船が、東シナ海で沈没し、その代わりにアメリカから蒸気機関車のヘッドランプを輸入し、それを仮に使ったためであった。

本点灯は、仮点灯から3年以上遅れ、1873年(明治6年)9月15日と他の条約灯台と比べて遅くなった。しかし、この灯台の建設が急がれたのは、ここが古くから海上交通の要衝となっており、また沖合は流れが速く、風も強いため、航海の難所としても知られていたためである。

1878年(明治11年)4月 - 現在の石造灯台に改められる。
1929年(大正4年) - 第2等フレネル不動レンズ、石油蒸発白熱灯の灯器に交換される。
1938年(昭和3年) - 電化される。
1957年(昭和32年) - 90センチ回転式灯器に交換される。

wikiより

ここは、登れる灯台の15基のなかの、ひとつです。

登るには200円ぐらいの料金を払います。

 

一階は展示室です。

 

灯台のランプです。

ランプはよく展示されてますね。

 

 

 

 

では、登ってみましょう。

中は、螺旋階段になってます。

 

ぐるぐるぐるぐる。

けっこういい運動になります。

 

出た━━(゜∀゜)━━!!!

すばらしい展望です!!

 

 

 

 

灯台を堪能したら、せっかくなので、すぐそばにある潮岬神社にお参りしましょう。

 

灯台をでて左にいくとすぐ下り道となり、鳥居がちらりと見えます。

鳥居をくぐると、こんどは登り坂になります。

振り返ると灯台が見えてますね。

 

 

 

 

「記紀」にいう当地御崎は、少彦名命、熊野御崎より常世国に渡り給うたという聖地で、景行天皇28(98)年、御崎の「静之窟」内に少彦名命を勧請したのに始り、その後、潮崎安磨「静之峯」に遷座した。
しかし貞観12(871)年5月に、潮崎安守はさらに「潮見の端」へ遷座したと伝えられる。
また、当社は貞観17(875)年10月の『三代実録』にみえる三前神で、神位従五位下に敍せられたという。
江戸時代は、御崎大明神社とか御崎明神といわれ、また周参見より下田原に至る18ヵ浦の総産土神として崇敬されていた。
さらに当社には、既に寛永14(1637)年の古文書にも見られる、18ヵ浦の鰹漁の船主・船頭が毎年旧正月・5月・9月の18日に潮御崎神社に集り、神官の立会で鰹漁に関する規約を確め、海上安全豊漁祈願を重ねる岬会合「鰹漁に関する約束ごと」を戦前まで行ってきた。
当社の両部神道による本地仏が観音であったことから、潮御崎大明神とか御崎観音ともいわれ、西国巡礼者からも敬われた。
明治初(1868)年、社名を潮御崎神社に改称、同2年、境内地を灯台建設のために日本政府より求められて旧社地といわれる現在の地、静之峰に遷宮した。

http://www.wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=8080

日本書紀神代記に、「大国主命と少彦名命と力を合せ心を一にして中津国を経営して後、少彦名命行きて熊野の御崎に至りて遂に常世国に適でましぬ。」

少彦名さんが主祭神ですね。

旅の無事を祈願いたしました。

 

潮岬にほど近い潮御崎神社の周辺に群生するマルバチシャが「御綱柏」とのこと。

 

 

奇麗なツツジの季節でした。

さてさて、ここからさらに西に海岸線を走ります。

つづく

 

 

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