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Mackenつれづれ日記
ミリン・ダヨー(Mirin Dajo)不死身の身体をもつ男・3

ガーディアン・エンジェル

ダヨはその生涯を通じて、幾人かの助手を雇ったが、彼ら"助手"の主な任務は、ダヨの身体に"鉄の物体"を突き刺すことであった。ダヨの最初の助手は、オランダに暮らしていた時の、彼の隣人だった。ある日のこと、ダヨがアムステルダムへと向かうバスを待っていると、隣に住むジャン・ダーク・ドゥ・グルートが腰掛けてきた。ダヨは直感的に彼が自分を補助するべき人物であると感じ、グルートを誘った。そしてグルートも何かを感じるものがあったのだろうか、助手になることを素直に承諾したのである。以降、グルートはダヨの最も良き理解者であり続けた。

グルートによれば、ダヨには常に、三人もしくはそれ以上の"ガーディアン・エンジェル(守護霊的な天使)"がついていたという。そしてダヨが何かに直面するたび、彼らガーディアン・エンジェルたちがダヨに助言や指令を与えていたというのだった。しかしその指令は、普通の人には到底理解できないものだった。例えば、ある時には"氷の上に身体を置き、それから胸毛をロウソクで焼くこと"といった訓練を命じ、またある時は"沸騰したお湯で身体を洗うこと"といった過酷な指令を与えたこともあった(もっともそれらを実践しても、ダヨの身体は赤くなることさえなかったのだが)。

グルートによれば、ダヨは多い時で一日あたり五十回から百回以上、身体を鉄の器具で突き刺すこともあったという。鋭い鉄の器具は、時にダヨの肺や心臓、腎臓を貫いたり、幾つかの臓器を一度に串刺すことさえあった。また時に、グルートはダヨに言われるまま、器具を身体に突き刺したまま激しく動かしてみたり、身体を拳で殴りつけてみたこともあった。またある時には、鉄の剣を加熱し、真っ赤になった剣を突き刺したこともあった。しかしどんな仕打ちを試そうとも、何一つ、ダヨの身体にダメージを与えることは出来なかったのだ。更に剣に毒をぬってみたり、錆びた剣で突いてみるといったことも試したが、それらのいずれも、ダヨの身体には、針ほどの傷みも与えることはなかった。

ダヨのパフォーマンスを疑う人たちに、パイプを渡し、体に突き刺させたこともある。直径8mm程のパイプに水道を繋ぎ、本当にダヨの身体にパイプが貫通しているかを調べさせるためである。結果は写真が語る通りでだった。ダヨはあたかも人間噴水のように、背中から胸部に突き出た管から、水を勢い良く噴射したのだった(この時代、手や足に穴を開けて人間噴水のパフォーマンスを行った者は決して珍しくなかったが、ダヨのように胸に穴から水を噴いた者は、おそらく他に例がない)。チューリッヒの医師に請われ、身体に剣を突き刺したまま、ジョギングすることなどは、ダヨにとってはもはや朝飯前のことだった。

遠隔視・治癒・身体の非物質化

グルートによれば、ダヨは不死身の身体を持っていただけでなく、遠隔視の能力や、他者を治癒する能力さえ持っていたという。スイスに滞在していたある晩のこと、グルートはオランダの家族の事が心配になり、電話をかけようとした。しかしダヨはそれを止め、明日の朝八時にかけるようグルーとに伝えた。ダヨによれば、グルートの家族は全く元気に、その晩の深夜二時頃までトランプで遊んでいるということだった。そして翌朝、グルートが言われた通り八時頃に電話すると、ダヨの言葉が全く正しかったことが証明されたのである。ダヨの治癒力を示すこんなエピソードもある。ダヨが有名になるに連れ、彼のもとにはたくさんの人々が訪れ、病気の治癒を依頼するようになっていた。ある時オランダ人の男性が現われ、ダヨに頭痛を訴えた。するとダヨは、造作もなく、彼の頭痛を取り除いたのだった。そこには長年、患者を診続けた医師も居合わせたが、患者が嘘のように元気になると、まるで逃げだすように、男性の家を立ち去ったという。一方で、ダヨのパフォーマンスを自己催眠であると分析した医学生もいた。しかし実際のところ、ダヨのパフォーマンスが自己催眠や集団催眠だけで説明出来るものでないことは、明らかだった(仮に自己催眠であったすれば、痛みは感じなかったとしても、血は流れるはずである。集団催眠であるならば、ビデオに残された映像に疑問が残る)。

一体ダヨの身体では何が起きているのだろうか?丁度それはユリ・ゲラーのごとく、身体が金属物質と特殊な関係を有していたのだろうか。グルートたちがダヨの身体に短剣を刺してこねくり回そうと、コークスクリューで身体に穴を開けようと、ダヨの身体にはまるで傷というものが残されないのである。ダヨ自身の説明によれば、それら金属の物体は、実際にはダヨの身体に突き刺さっていないのだという。むしろ逆に、ダヨ自身が、その金属の中に入っていると説明するのである。ダヨの身体には幾つかの区分があり、そのうちのある部分がは他よりも"軽く"、或いは"非物質的"に変化させることが出来るのというのだ。そしてそれ故に、ダヨの身体は傷つけられない。そこにはあたかも損傷されるべき"ソリッド"な物質が存在しないようになる、とダヨは語るのだった。

 

 

 

 

ただしグルートによれば、ある時、ダヨは腕を骨折したことがあったという。それは彼の身体が決して不死身などではないことを示唆する証拠である(もっともグルートによれば、その時ダヨはすぐさま腕を調整し、再び使えるように治癒していたというが)。もしそれが事実であるとすれば、ダヨは彼が"望んだ時"にのみ、不死身の身体になれたということを示している。あたかも、身体の特殊能力を自在にオン・オフするようにである。しかし結局、その謎を解き明かす者は現われることがなかった。丁度イエスと同じように、ダヨのミッションは約三年で終わりを迎えた。イエスのように、今なお解けぬ、幾つもの謎だけを残してダヨはこの世を去ることになったのだ。

謎に包まれた死

1948年5月11日のこと、ダヨはスイスの自宅で、いつものように"彼らの声"を聞いた。声は彼に、鉄の釘を食べるよう命じたのだった。そして" 彼ら"はその修行に医師も立ち会わせ、麻酔をかけずに、その釘を取り除いてもらうよう指示したという。常人にはまるで理解し難いが、ダヨは迷うことなく、言われた通りに釘を食べた。しかし、それから二日後、医師は体内の釘を確認したが、ダヨの意に逆らい、麻酔をかけて釘を除去したのだった。

それから約10日後のことだった。グルートは家族をスイスに迎えるため空港に向かい、ダヨの家に帰宅すると、ダヨはベッドに伏していた。グルートは、ダヨがしばし、こうした姿で瞑想を行っていたり、体外離脱していたことを知っていたから、脈があることだけを確かめ、ダヨをそっとしておくことにした。翌日、グルートがダヨの様子を見に来ると、まだ彼はベッドに伏したままだった。既に恍惚としたトランス状態ではなかったが、彼はまだ呼吸をし、脈もあった。しかし第三日目、グルートが様子を見に来ると、ダヨは既に息を引き取っていたのである。それは1948年5月26日のことだった。後の調査によれば、ダヨが死亡したのは、グルートが様子を見に訪れた、12時間前であったという。

検死が行われた結果、ダヨは大動脈の破裂で死亡していたことが明らかにされた。警察も調査に乗り出し、修業に関与したグルートと医師は取り調べを受けたが、ダヨもグルートもオランダ国籍であり、修行はダヨ自身が望んで行った事であったため、起訴は免れた。

現在、彼が何故かくも奇妙な死へと向かったのかは定かではない。ただしグルートによれば、ダヨは数日前から既に自らの死が訪れつつあることを知っていたのだという。オランダを離れた数カ月前、ダヨはグルートに、オランダに戻ることは二度とないだろう、と告げていた。また死因となった修業を行う直前、ダヨはグルートに、決して釘を食べることは手伝わないようにと、伝えていたのだった(もしグルートが鉄の釘を飲むことを手伝っていたら、間違いなく殺人幇助で起訴されていただろう)。

ダヨは自分が平和のメッセージを伝えるための使者であることを自覚していた。しかしその唐突な死により、その活動は決して大きな影響力を生むまでには至らなかった。ただしダヨの死が、彼を調べていた医師たちを安心させた事だけは、おそらく事実である。医師たちはダヨが肉体という現実でもって突きつけた難題から、ようやく逃れることが出来たからだ。つまりダヨが、幾らその身体に剣をつきたてようと、とうとう世界を変革することは叶わなかった。ダヨはちょうど、奇蹟という風船を打ち上げて、人々をテストしたのかもしれない。その風船が人々に見えるかどうか?世界はそれに準備出来ているのか?しかし世界は、そこに瞬間的な驚きの他に、何も見いだすことは出来なかったのだ。

現在、彼について残されているのは、幾枚かの写真と、ごく僅かな映像のみである。おそらく、当時彼のショーを見ていた者は彼のどこか物憂げな表情、そしてあの強烈なパフォーマンスを、決して忘れることはないだろう。しかし今日、彼が伝えようとしたメッセージを知る者は、もう何処にもいないのかもしれない。それはあくまでも、ごく短い期間、ごく限られた小さな場所で起きた、稲妻のように刹那的な"現象"だったからだ。しかしいつか、世界に新たな変革がもたらされる時、彼が伝えようとしたその何かが、再び思い出されるのだろうか。かつて"奇蹟(Miracle)"と呼ばれた、その男の名と共に。

 

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