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犯罪の増加と罰則との関係について・・精神的な教育の必要性
犯罪と罰則についての関係は、不味い料理とその食べ方のように思える。

つまり、不味い料理を作ってしまったんだけど、どうやって食べたらいいかなあ、、ソースをかけるか、醤油にするか、、それともマヨネーズがいいのか、、といってるようなものである。

どっちにしても不味いものは不味いのだ。不味いものが美味しい料理に変わることはない。

つまり罰則をどう変えても犯罪は減らない。

ではどうするか。

不味い料理を作らない方法を考えなければならない。

そのためにはよい素材を選ぶことから始まり、美味しい料理のための教育が必要になるだろう。

これを実世界で言えば、教育システムを変えなければならないのだ。

いまの犯罪は動物的なエゴに基づく行動の結果である。

それは自己以外に興味がないという心の貧困でもある。

人の心には動物の部分(エゴ)と本来の人の部分の両方がバランスをとりつつ存在している。

犯罪におちいる人は、心がエゴにむしばはまれているのだ。

その原因はたくさんある。毎日マスコミが流す暴力や犯罪のシーン、環境破壊に無関心な企業、戦争する国々。。それらがすべて人の暗黒面の励起に関係している。

しかし、それもまた、不味い料理のひとつなのだ。つまり、そういう社会自体、できそこないでしかないからだ。

抜本的には教育の改革しかない。

美味しい料理というのは、よりよい人生のことだ。それは幸せを感じる生活でもいい。明るい毎日でもいい。

いまの社会で、それを作る為の教育はできているか??

いまの教育システムでは、物質的なことばかり教えていて、精神的なことはおきざりになっている。

学校で教えられるのは、外面的なものが中心だ。

物質にかたよった数値や法則の丸暗記ばかりが教育で、それが得意な人が偉いということになっている。

でも、たとえば円周率を100億桁記憶できて幸せになれるのか? 

丸暗記、データの分析、そういうことの得意な人だけが難関な試験をパスしてリーダーとなっていく。

しかし、その人たちの心の中は豊かか?? それを計る装置はない。

幸福とか、人生の意義は心の中にあるのではないか??

幸せになりたいのなら、心の中の教育をするべきではないか?

これからの教育は、精神的なことがらの割合を増やし、個人の幸せと、隣人、隣国との共存、共栄を基本にした教育を中心にするべきである。

「まず自分自身が変わること。より正しく、より正直に、よりやさしく。つぎはその変化を外に向けて、意識を変えるのに役立つような知識を人々に教えていくんだ。それが広がっていくとオオカミのしもべの数も減っていき、いつかオオカミにあやつられるひともいなくなり、そして人類にとって最後の変化がおとずれる。」

小さな宇宙人アミ 】より
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