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日御碕神社は島根半島の西端に位置し、神の宮に素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日沈宮に天照大御神(あまてらすおおみか み)をお祀りしている。 素盞鳴尊の奇魂(くしみたま)と、日の神・天照大御神の和魂(にぎみたま)の御霊威をいただいた御神徳は「邪心を払い給う神」 「厄除けの神」「産びの神」「縁結び、夫婦円満、家運繁栄の神」「交通安全の神」「殖産興業、安産の神」など、広く霊験あらたか、上世以来二十数回の造営 すべてが勅命か、将軍命によるものであることからも、御神威の一端がうかがわれる。 現在の社殿は、日沈宮、神の宮ともに徳川三代将軍家光公の命 で、日光東照宮建立の翌年、寛永十四年より幕府直轄工事として着工され、七年の歳月をかけて同二十一年の竣工で、三百六十余年を経ている。桃山時代の面影 を残す精巧な権現造りで、両本殿内部の天井四壁の絵は狩野、土佐両派の画匠による豪壮な趣きのあるものである。昭和二十八年には、社殿のすべてと境内の石 造建築物も含め、国指定重要文化財とされた。 http://www.shinbutsu.jp/51.html より ![]() ![]() 出雲大社のすぐ西側から国道431号を海岸線に沿って北上。 約10km20分ほどで日御碕神社です。 海岸線から少し山に入ったところでちらりと 日御崎神社が見えるポイントがありました。 ![]() 日御崎神社 ハイドラのチェックポイントはここでゲット(^o^)v 左の緑の○です。 もちろん現地まで行きます。 ![]() 山を下るとすぐです。 右手に大きな駐車場があります。 ![]() 最初の門は改修中でした。 | ![]() 一礼。 | ![]() 門をくぐると右手と
![]() 左手に 社がありました。 ![]()
出雲の国造りをなされた素盞嗚尊は、根の国にわたり熊成の峰に登ると「吾の神魂はこの柏葉の止る所に住まん」と仰せら れ、柏の葉を投げ、占いをされた。すると柏の葉は風に舞い、やがて日御碕の現社地背後の「隠ヶ丘」に止った。これにより素盞嗚尊の五世の孫、天葺根命(あ めのふきねのみこと)はここを素盞嗚尊の神魂の鎮まる処として斎き祀ったといわれている。 日御碕神社の神紋、三ツ柏もこれに由来し、神域の付近からは柏の葉を印した「神紋石(ごもんせき)」と称される化石も出土している。その後、安寧天皇十三年、勅命で現社地に御遷座された。 日沈宮は「伊勢大神宮は日の本の昼の守り、出雲の日御碕清江の浜に日沈宮を建て日の本の夜を守らん」と天平七年乙亥の勅にあるように、神代以来、現社地にほど近い海岸(清江の浜) の経島(ふみしま)に建てられ、天照大御神を奉斎してきた。 その地にご鎮座なされたのは、天葺根命が清江の浜にお出かけになられた時、島の百枝の松に瑞 光が輝き、「吾はこれ日ノ神なり。此処に鎮りて天下の人民を恵まん。汝速やかに吾を祀れ」との天照大御神の御神託を聞き、ただちに島上に大御神をお祀りし た事に由来するとされている。 その後天暦二年、勅命により現社地に御遷座し、夕日を餞け鎮め祀る聖地として、四季を通じ夕日の祭を厳修、中央からは幸運 恵の神として深く崇敬されている。国家守護の宮として「日」の字を、村上天皇より賜り、神の宮と併せ「日御碕大神宮」と称せられるようになったのも、現社 地に御遷座された時からで、明治維新後社格制度により国幣小社に列せられ、日御碕神社と称するようになったのである。 http://www.shinbutsu.jp/51.html より ![]() ![]() 天照大神の社 | ![]() 朱色がとても鮮やかでした。 | ![]() 朱色と黒のコントラストもいいですね | ![]() ![]() 天照大神の社 | ![]() 鳩さんがいっぱい | ![]() 素盞嗚尊さんの社 | ![]() なんか、羽を広げて 空を飛んでいるような風貌です! ![]() なかなか勇壮感あります | ![]() 迫力十分 素盞嗚尊さんのイメージぴったり ![]() ![]() 石の庭園もありました | ![]() 細かな修飾が美しい | ![]() 主な行事 |
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