厳しいテニスの試合には、常になにがしかの不安があります。 そしてその不安はしばしば意識下に見えない形で潜んでいるため、 大きなトラブルを引き起こし得ます。 事実、プレーヤがコート上で明らかに試合に勝つチャンスを損なう様な不合理な行動 をすることがありますが、多分隠れた不安がその原因なのです。
数年前私がリーグチャンピオンシップトーナメントに参加していたペパーダイン大学のチームをコーチしていた時、いい例がありました。私が教えていた2人、 マイクとトムが準々決勝で対戦しましたが、チーム内での彼らの位置づけはその試合の結果次第だったのです。その試合はとりわけ厳しいものでした。というのも6人しかシングルスに出場できず、その試合の敗者は7番目の順位となり、 次の試合ではベンチを暖めることになるからです。マイクは特別なプレッシャーを感じていました、というのは、その年彼は調子が悪く、その試合は自分が価値あるプレーヤであることを証明する大きなチャンスだったからです。.
彼らは、かんかん照りの中、3時間以上も激しく戦いました。セカンドセットの終わり、トムは、マッチポイントでのサーブを落とし、マイクはサードセットで5-4でのサーブを落としました。運命の定めでしょうか、彼らは結局タイブレークに突入しました。そのセット中サーブに時々問題があったマイクはタイブレークで2つのダブルフォールトを犯し、2-5とリードされた場面でサーブを打つことになりました。
この重大な場面で(リードされてはいるが、まだ負けた訳ではない)マイクは自分のサーブに非常にうろたえたため、試合の残りをアンダーサーブで行くことを選んだのです!最後の2ポイントでは、トムは易しいサーブをリターンで打ちのめし、次のポイントでマイクはダブルフォールトを犯したのです。3時間ものハードワークを何という悲惨かつ無謀なやり方でふいにしたのでしょう。
アンダーサーブをするという決断は、マイクにとっては、その決断をした瞬間には、 道理にかなったものに思えたのです。彼はこの後筆者に“僕はいつものサーブでダブルフォールトをしていました。他に何が出来たというのでしょうか“と語ったものです。しかし、理性を持った第三者にとっては、明らかに気が狂ったと見えました。というのも、マイクがアンダーサーブを始めた途端、その試合に勝つチャンスは全くなくなったからです。では何故彼はそのような馬鹿げた決断を下したのでしょうか?
その状況の凄まじいストレスに加え、その試合に負けるのではないかという恐怖感により、マイクは現実逃避したかったのです。それで、彼は安易な方法を選び試合を投げたのです。マイクはこれ以上努力をする意欲をなくしていました。何故なら、あらゆる努力をはらったにもかかわらず負ける、ということを極度に怖れていたからです。彼は緊張しており、自分自身の弱さを怖れていました。彼は敗北を自分自身ではない、何かのせいにしたかったのです。そこで、彼はサーブを自分自身から分離し、敗北をサーブのせいにしたのです。 彼が敗北したのではなく、彼のサーブが敗北した、というわけです。 震える手でラケットをスイングしたということ以外にサーブには何の問題もなかったという事実を彼は直視したくなかったのです。そしてとりわけ、彼はこれらの不快な事実のいずれをも自身で認めたくなかったのです。
無意識の不安はいろいろな偽装の下にやって来て、現実の状況を歪曲します。 その不安は問題を実際よりはるかに大きく膨らませてしまうのです。小さな問題が克服出来ないもののように思われるのです。 例えば、きわどいラインジャッジのせいで、不安を持つプレーヤは「切れてしまう」こともあるのです。 「いかさま野郎がこの試合にそんなにも勝ちたいなら、勝利を奴に呉れてやろう」 と思うのは、試合を投げるための正当化なのです。しかし、明らかにこれは試合を投げるための理由にはなりません。もし対戦相手がいんちきをしたことに対し腹を立てたのなら、理性的な対応は、試合に勝つために一層頑張ることで、それにより、いかさま野郎に教訓を与えることです。わざと負けるという事は相手が望むものをただ与えるだけです。
真の問題は、不安なプレーヤがどんな場合でも試合に負けるだろうと怖がることにあります。彼がいんちきをされ、相手に立腹した時、彼はますますその試合に勝ちたいと思うようになります。しかし、彼が一層勝ちたいと思い、ますます頑張れば頑張る程、負けた時の苦しみは一層ひどくなることを彼は潜在意識で知っています。事実、彼はあまりに勝ちたいという気持ちが強く、最後まで戦い、そして負けるという苦しみを味あうリスクを敢えて犯そう とはしません。彼にとってこの苦衷に満ちたディレンマから逃れる安全な方法は、もはや勝ちたいとは思わないと主張し、試合を投げることです。こうすることにより、彼は敗北の苦しみから逃れることが出来るのです。
あなたのお気に入りのラケットが壊れたり、筋肉痛がひどいとか、隣のコートから大声で話しているのが聞こえる時に、この同じ不安があなたの問題を拡大しうるのです。そうです、あなたは問題を抱えています。もしあなたがしばしば感情的になり、冷静さを保ち問題を解決すべく努力するというより、問題に押しつぶされるようなら、あなたは敗北の常習者で終わることでしょう。
心理学者はこれらのすり替えを「防衛機制」と呼んでいます。 防衛機制は、意識下で現実として受け入れ難い事実から我々を守る作用をします。 しかし誰もこの逃避的防衛機制に長々と煩わされる必要はないのです。 誰でもいくつかの簡単なアイデアを心に留めておくことで、より優れたプレーヤになることが出来ます。
まず第一に、備えあれば憂いなしということです。 コートでの不適切な行為は、敗北の恐怖に起因するということが分かれば、それに注意を払えば良いのです。 不安がその毒素を蒔くことが出来るのは、単に不安が様々な偽装の下で出現し、 しかもそれに気が付かないためです。もしあなたが、馬鹿げた、不安に駆られた考えを本当のものとして受け止めたのなら、あなたは困った状況にあります。 絶えず注意を払い、不適切な考えを排除して下さい。
次に、成功するプレーヤが一番心掛けていることに従うことです: 試合の勝利に寄与しないことは、コート上では決してしないこと。 あまりに簡単に思われます。 しかし、もしこのルールに従えば、あなたは試合中のほとんどの落し穴を自動的に回避する事が出来るでしょう。 もしあなたが試合中に感情的になっているなら、あなたの抱いている考えや取ろうとしている行動が勝利に寄与するかどうかちょっと自問して下さい。もしそれらが寄与しないのであれば、勝利に寄与する考えや行動に切り替える努力をして下さい。
最後ですが、あなたが何故試合に負けたかを気にする人は誰もいないということを 覚えておいて下さい。ですから、負けた理由を試合中にあれこれ考えて、メンタル なエネルギーを使うことがないようにして下さい。その理由は本当だとしても、 あなたのコーチや友人達は、言い訳を聞くのに飽き飽きするだけでしょう。 問題を解決し、勝つための方策を考えるためにエネルギーを使って下さい。
出典 http://www.cc.rim.or.jp/~shiro/lessons-j/fox.fear-j.html