私はグラフにたいへん敬服しています。彼女の性格はたいへん強く、経験豊かで、そして完璧なまでに勝負強いからです。彼女のショットも無論素晴らしいのですが、彼女が重圧の下でプレーするときの素晴らしい姿に魅了され、私は思わず席から身を乗り出して見入ってしまいます。わたしの好奇心をそそったのは、単に彼女が昨年のフレンチオープンとウインブルドンの両方で優勝したということではなくて、彼女の勝ち方です(サンチェスの信じられない精神力については、また別の機会に紹介することを考えています)。
昨年のフレンチオープンの決勝でサンチェスと対戦した時、グラフは最初のセットを6-4で取りました。そして、セカンドセットのタイブレークで4-1と圧倒的にリードしました。この時、グラフはフレンチオープンの5度目の優勝に近づいたと感じたことでしょう。
その時、信じられないことが起こりました。グラフは単純なミスを2回も犯しました。考えはじめ、迷いを生じ、チョーキング(息詰まるような緊張によって自信を失なうこと)に襲われました。結局、4つの連続したミスと一つのダブルフォルトでそのセットを落としてしまいました。
このような経験はだれもが持っているでしょう(メジャーチャンピオンシップの決勝ではないでしょうが)。大切な試合は全て勝ちたいものです。リードして、少しでも勝ちが見えたとき、興奮し、考え始めて、チョーキングを起こし、リードが吹き飛びます。しかしながら、グラフとわれわれの興味深い違いは、チョーキングのあとに起こることです。
セットカウントが1-1になったとき、サンチェスは試合の流れを自分の方に引き寄せたかに見え、圧倒的に優位に立っていました。グラフは少し押されていて、チョーキングのためにセット2-0のストレートで勝つチャンスを逃してしまいました。サンチェスは4-2とリードしました。そして5-2にするチャンスを数回逃しました。グラフは接戦に持ち込もうとしました。サンチェスは5-4のマッチゲームでサーブを迎えましたが、グラフはサンチェスのサーブをかわして5-5としました。これでグラフは盛り返せたのでしょうか?いや、そうはいきませんでした。4ゲームが過ぎて、再び7-6のマッチゲームでサンチェスのサーブです。このような場面では、ほとんどの人が簡単に負けしまうでしょう。グラフは疲れていました。精神力の弱さからチャンスを失って、 そして1時間の間ずっと負ける寸前で試合をしていました。彼女の希望は何度も何度も打ち砕かれてきたのです。普通の人であれば弱気になってサンチェスに勝利を与えてしまったでしょう。ところが、もちろんグラフは戦い続けてついに勝利しました。
我々はこのことから何を得られるでしょうか?我々はチャンピオンがチョーキングを起こした時にどのように対応したかを知ることができ、我々が必ずと言っていいほど陥るチョーキング状態になった時に、グラフの行動を真似してみるということです。グラフは、チョーキングに襲われて短時間で勝利することができなかったという事実を、冷静に受け止めました。しかし、チョーキングが必ずしも敗北を意味しないという信念が彼女を救ったのです。
その日、彼女はチョーキングを自分の破滅の源となる性格上の欠陥とはみなしていませんでした。チョーキング状態になったことの意味は、ただ単に、第三セットの開始時にグラフが勝利をすでに収めていた状態ではなく、相手とイーブンになっただけの状態であるということでした。彼女は、これまでの3セットマッチの試合で常にそうであったように、残りのセットを最後まで戦い抜くつもりでいました。そして、心の奥底ではいつもの通りにやれば勝てると思っていました。
このことは、グラフと他の多くのプレーヤーとの決定的な違いです。ほとんどの人はビビッてしまいます。大切なポイントで強い相手と対した時、我々は、自分にはたぶん相手に勝つための術(すべ)がないのではと思ってビビッてしまいます。我々が勝ち越して、試合の勝ちが見えたときに最もチョーキングになりやすいのです。この最後の重大な局面で、我々は相手が復活するのではと思ってしまいます。我々は、今が勝つ絶好の機会でありことを知り、もしここでしくじると2度とチャンスがないのではと恐れます。今ここで勝たないと永遠に勝てないと思うことがたいへんなプレッシャーになります。中でも最も悪い考えは、チョーキングは性格上の欠陥であり、勝利者になれないことの証であると思うことです。
チョーキングのあと、多くのプレーヤーは自信と勇気を失います。彼らが打ちひしがれるのは、2、3のポイントを落としたことによるのではなくて、自分が自信と勇気を持っていないと考えるためです。彼らは、堂々と戦おうとするでしょうが、彼らの自信はズタズタになっています。彼らの決断は弱く、そして彼らは、次の決定的な局面において、ベストの状態のテニスができそうにない状態になっています。そして、このために、たいてい最後には敗退してしまいます。
グラフは恐れを感じないから賞賛に値するのではありません。 彼女もまた確かに恐れを抱いています。彼女が賞賛に値するのは、恐れによって失速することが無いからです。
少し補足しますと、チョーキングに陥ってもフレンチオープンで優勝したのはまぐれではありませんでした。グラフはウインブルドンでもまた、チョーキングに襲われても優勝しました。セットポイント1-0とリードした後、次のセットで4-0となり、グラフは完全にサンチェスを圧倒していました。そのとき、ほとんど運だけでサンチェスはゲームを取りました。グラフは考え始めました。 信じられないミスが流れを変えたのです。彼女は、30-40から想像しうる中でも最も短いスマッシュをミスして、サービスゲームを落しました。5-4からのマッチゲームとなるサービスゲームも、2つのダブルフォルトで落としました。しかし5オールとなって彼女は自分を取り戻しました。素晴らしいプレーでゲームを2つ取って7度目のウインブルドン優勝を果たしました。彼女は真に偉大なチャンピオンです。
出典 http://www.cc.rim.or.jp/~shiro/lessons-j/fox.choke-j.html